これは恋愛小説ではない

あ、春が近づいてきたな。

外へ出て一番、風の感触が昨日までと違った。

風が冷たくなっていく秋から冬にかけてのあの季節も、凍てつく寒さも、ひっそりと遠のいて行ったんだなぁ。

 

そういえばあいつ、元気かな。

生まれた時から隣に住んでいるあいつの名前はマツ。私の名前はまゆ

子供の頃はいつも一緒に遊び、友達に呼ばれるとどちらを呼んだかわからなくて二人で「はーい」と声を揃え笑いあった。

 

大人になりお互い忙しくて最近はろくに話してもいない。

これを近くて遠い存在っていうのだろう。

 

仕事帰り、家の前にマツがふと現れて驚いた。

「よっ。」

子供の頃は人懐こくて可愛かったのに、そっけなくなったよなぁ。

そういえば雰囲気もちょっと変わってた。

 

「いつ間に髪型変えたの?」

「昨日(笑)。今朝も会ったのに気がつかなかったのかよ。」

「あれ?会った?」

「ホント、ボヤボヤしてるよな。まゆらしい。」

馬鹿にされたかと思いちょっと反抗したくなった。

「あ、もしかして、ホワイトデーが近いからちょっと気合入れてるんじゃないのぉ?」

「はぁ?んなわけないだろ。くっだらねーな。ところでまゆは…」

「ん?」

まゆは…、いつまでも影に隠れてていいのか?」

「何よ。いきなり。」

何か悩みでもあったのかな?人生の岐路とか?

だとしたら、ホワイトデーが近いとかくだらない事を言ってしまったと自分を恥じた。

 

「お前もそんなうっとうしい髪してないで、すっきりすればいいじゃん。」

「うるさいなぁ、毎日忙しいの。」

「今朝見た時に思ったから、こうやってわざわざ声かけてんだよ。まゆはおっとりし過ぎだから、自分の事気がつかないんだろ。」

 「?」

夜の窓が鏡代わりになって私たちを写し出す。

朝は春を感じた風だけど、今、私とマツの間を吹き抜けていった風は少し冷たかった。

 

私たち名前は似ているけど、性格はむしろ正反対。

私はいつも隠れて過ごしてて、マツはいつも前に出て活発だ。

 

そんなこと考えていたらマツはおもむろに私の髪に触れてきた。

 

 

「お前の事ちゃんと見てるやつもいるって事、忘れんなよな。まぁ、毎年のチョコすらもらえなくなった俺からの言葉なんて入ってこないだろうけどっ。」

 そう言い残し、家へと入っていった。

 

 

 職場でもらうチョコへのお返しなどがたくさんあるだろうから、私からのチョコなんてない方がいいと思ってた。買ってあったチョコはまだ引き出しに入ったまま。チョコがもらえなくてスネたなんて子供の頃のあいつのままだ。そう思ったらちょっと笑えた。

 

「明日朝、バレンタインデーでもないけど渡してやっか。」  

 

その日の夜、私は鏡の前で眉毛を整えた。 

 

 

 私たちの間にあるもの…

 

 

 

 

ー 以上、

  まゆ(毛)とマツ(毛)の間に生えた毛(まぶたに生えた毛)達の物語 

 

主演:まゆ(左のまぶたに生えた毛)

助演:マツ(右のまぶたに生えた毛)

 

朝、片方のまぶたに生えた毛(右)だけ剃って反対の毛(左)は髪に隠れてるから「いっか。」って思ったけど、やっぱり夜に左も剃ったって話でした。

 

 あと、今週のお題「ホワイトデー」を無理やり盛り込みました。